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熊本地方裁判所 平成10年(行ウ)11号 判決 1999年3月01日

原告 高森正巳

被告 熊本地方法務局供託官

代理人 佃美弥子 増永俊朗 武田節夫 白浜雅春 境野義孝 ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成一〇年七月二四日付けでなした平成四年度金一三五五号供託金に対する還付請求却下処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

一  本件事案の要旨

本件は、原告と訴外人との間で所有権帰属が争われていた土地について収用補償金の供託がされたので、原告の訴外人に対する右土地所有権移転登記請求を認容する確定判決正本を添付して原告が右供託金の還付請求をしたところ、「還付を受ける権利を有することを証する書面」(供託法(以下「法」という。)八条一項、供託規則(以下「規則」という。)二四条二号)の添付がないとして却下された(本件処分)ので、原告が右処分の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(末尾に証拠を掲記)

1  建設大臣は左記の土地(以下「本件土地」という。)について、土地収用法三条一号に規定する道路法による道路に供するため、熊本県収用委員会の権利取得裁決(権利取得時期平成四年八月二六日)を得た。

所在 熊本県下益城郡松橋町大字曲野字西田

地番 四壱五番弐

地目 畑

地積 弐参七平方メートル

2  平成四年八月七日、建設大臣は、本件土地の所有権について原告と登記名義人である前田シヅカ(共有持分一〇分の五)、高森トシエ(同一〇分の一)、高森俊勝(同)、高森安雄(同)、高森俊三(同)及び高森輝治(同)(以下これらの者を「前田ら」という。)との間に争いがあるため、真の債権者を確知できないとして、供託者を建設省建設大臣、被供託者を原告又は前田らとして、裁決にかかる補償金五八五万八八二三円を熊本地方法務局に供託した(以下「本件供託」という。)。

3  本件供託書には右1、2の事実が記載されている<証拠略>。

4(一)  平成五年三月一七日、高群晃、坂本禮子、柳ヨツエ及び高森九州男は、原告に対し、本件土地を含む七筆の土地につき昭和二九年一月一六日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよと命ずる判決(以下「判決 1」という。)が言い渡された<証拠略>。

(二)  平成五年六月三〇日、田中利行及び前田シヅカは、原告に対し、本件土地を含む六筆の土地につき昭和二九年一月一六日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよと命ずる判決(以下「判決2」という。)が言い渡された<証拠略>。

(三)  平成七年九月二七日、高森トシエ、高森安雄、高森俊三、高森輝治、永森元行及び高森俊勝は、原告に対し、本件土地を含む六筆の土地につき昭和二九年一月一六日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよと命ずる判決(以下「判決3」という。)が言い渡された<証拠略>。

5  判決1から同3(以下判決1から同3を「本件判決」という。)が確定したので、原告は被告に対し、本件判決書正本を添付して本件供託金還付請求を行った。しかし、被告は、平成一〇年七月二四日付けで、本件判決の主文もしくは理由等からは原告に供託金の還付請求権が存在することは確認できないので本件判決書正本は「還付を受ける権利を有することを証する書面」(法八条一項、規則二四条二号)に該当せず還付を受ける権利を有する書面の添付を欠くとして原告の請求を却下した(本件処分)。

三  争点

本件判決書正本は「還付を受ける権利を有することを証する書面」(法八条一項、規則二四条二号)に該当するか。

(被告の主張)

1 供託物の還付請求にあたっては、請求者は還付請求の要件が充足していることを証明しなければならず(法八条一項)、債権者不確知供託の場合には、供託物払渡請求書に「還付を受ける権利を有することを証する書面」を添付しなければならない(規則二四条二号本文)。すなわち、債権者不確知供託においては、還付請求者は、供託の原因となった法律関係の権利者であることを証する書面ではなく、有効な供託における被供託者としての権利を確定的に証する書面を添付して還付請求を行わなければならない。

2 そして、規則には、払渡手続に関して供託物払渡請求書の書式、記載事項、添付書類などに関する厳格な定めが置かれている一方で、提出書類の審査以外に供託官の審査権限に関する定めは置かれていないから、供託官は供託書、払渡請求書の記載及び添付書類の審査のみによって、請求者が還付ないし取戻の要件を備えているか否かを判断しなければならない。

さらに、供託官のした供託金還付請求却下処分に対する取消訴訟においては、右判断過程における違法性の存否が判断されなければならない。

3 右を本件にみるに、本件判決は、その主文で本件土地に関する原告の前田らに対する所有権移転登記請求を認容し、その理由中で原告の本件土地の時効取得を認めているだけであり、所有権とは別個独立の権利である供託金還付請求権を認めたものではない。

また、本件供託書からは、権利取得裁決において定められた権利取得時期である平成四年八月二六日に供託者である建設省建設大臣(国)が本件土地所有権を取得するものと推察される(土地収用法一〇一条)のに対して、本件土地について原告の所有権を認めた本件判決は、平成五年三月一七日、同年六月三〇日、平成七年九月二七日にそれぞれ言い渡されたのであるから、本件供託書の記載と本件判決の認定は矛盾するかにみえる。そうすると、供託官としては、原告と供託者である建設省建設大臣の所有権取得が対抗関係にたつものであるのか、あるいは権利取得裁決によって所有権を失った原告が、本来供託金還付請求権確認の訴えを提起し、あるいはそのような訴えに変更すべきところを誤ってそのまま本件土地の所有者と主張して本件判決に至ったのか、さらに他の何らかの事情があったのか、各種の推測をするほかない。

このような場合に、供託官に供託所、供託物払渡請求書及びその添附書類の審査以外の資料の調査や関係人からの聞き取りなどを要求することは、簡易迅速に権利者の保護を図ろうとする供託制度の趣旨に反する。

4 したがって、本件判決書正本が「還付を受ける権利を証する書面」に該当しないことは明白であって、本件処分は適法である。

(原告の主張)

1 本件供託書には原告と前田らが本件土地所有権について係争中であるために本件供託をすると記載されているので、本件判決と対比すれば、本件土地について原告と前田らとの間において所有権の帰属につき争いがあり、原告が本件土地を含めて所有権移転登記手続請求の訴えを提起したものの、本件土地については供託金還付請求権確認訴訟に訴えを変更すべきところを誤ってそのまま本件土地の所有者と主張して判決に至ったことを容易に認めることができる。

2 そして、本件供託金は本件土地の収用補償金であり、本件土地所有権の代位物であるから、右1の経緯により本件土地の所有権が原告にあると認めた本件判決は、「還付を受ける権利を有することを証する書面」にあたる。

3 したがって、本件判決書正本は「還付を受ける権利を有することを証する書面」にあたるから本件処分は違法である。

第三争点に対する判断

一  法は、「供託物ノ還付ヲ請求スル者ハ法務大臣ノ定ムル所ニ依リ其権利ヲ証明スルコトヲ要ス」(八条一項)とし、規則は、供託書の記載により、還付を受ける権利を有することが明らかである場合を除いて供託物の還付を受けようとする者は、供託物払渡請求書に還付を受ける権利を有することを証する書面を添付しなければならない(二四条本文、二号)とする。そして、供託官が還付請求者に還付請求権があるかどうかについて自ら証拠を収集して調査する権限を認める規定はない。

したがって、供託官は供託書、払渡請求書及び添付書類のみを審査して還付請求権の存否を判断しなければならない。

また、供託官の処分に対する取消訴訟においては、供託官の行為の適否が審査されるのであるから、その審判対象は、供託官の右判断過程における適否でなければならない。

二  これを本件にみるに、本件においては、規則二四条二号にいう「還付を受ける権利を有することを証する書面」の添付がなかったと解するべきであり、本件処分は適法である。その理由は以下のとおりである。

1  本件判決の主文及び理由は、原告が供託金還付請求権を有することを明示していない。

2(一)  本件判決と本件供託書の被供託者が一致しない。すなわち、判決1は、本件供託書において被供託者とされていない高群晃、坂本禮子、柳ヨツエ及び高森九州男に対し、また、判決2は、同じく田中利行に対し、原告への本件土地所有権移転登記手続を命ずるものであるから、その口頭弁論終結時において、被供託者以外の者も本件土地の登記義務者であり、これらの者と原告との間にも本件土地所有権について争いがあったとの疑いを生じさせ、本件供託書の記載内容自体に疑問を生じさせるものとなっている。

(二)  また、本件供託書の記載によれば、本件土地について建設大臣が土地収用法に基づく権利取得裁決(権利取得時期平成四年八月二六日)を得て権利取得時期前にその補償金を供託したことになっているから、平成四年八月二六日に建設大臣(国)が本件土地所有権を取得したものと考えられる(土地収用法一〇一条一項)。

ところが、本件判決は、原告の前田らに対する所有権移転登記手続請求を認容しているので、原告の添付した本件判決書正本からは、本件判決の口頭弁論終結時に前田らが登記名義人高森シゲの相続人として本件土地の登記義務者であったと判断せざるを得ない。そして、判決1は平成五年三月一七日に、判決2は同年六月三〇日に、判決3にいたっては平成七年九月二七日に言い渡されている。

そうすると、本件供託書と本件判決を対照すれば、建設大臣(国、ただし登記義務者は建設省)は本件土地について所有権を取得したものの、その登記を怠っており、原告と建設大臣(国)は対抗関係にあるという強い推認が働き、建設大臣(国)が原告に対して本件土地所有権取得を主張できない反面、収用補償金を原告に支払う筋合いもないのではないかという疑問が生ずる。

(三)  したがって、土地収用補償金が土地所有権の代位物であっても、本件判決からは、本件供託書の記載と照らし合わせたところで原告に供託金還付請求権のあることはわからないというべきである。

第四結論

以上から、原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 有吉一郎 小田幸生 金田洋一)

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